ただ在る 真我
真我を知る ― 第4章〜第6章の教え インド哲学の深遠な叡智を伝えるアシュターヴァクラギーターには 『真我(純粋意識)を知る(氣づく)こと』これこそが人間の究極の目的であるというメッセージが繰り返し語られています。 ここでは 第4章「真の探求者」第5…
真我を思い出す祈り 六根清浄は、天照大神の宣言から始まる古神道の祓詞です。 この祝詞は、単に『不浄を祓う』ためのものではありません。 もっと深い次元で私たちが本来もっている清らかさと神性を思い出すための祈りなのです。 六根清浄大祓の現代語訳 人…
すべてはただ起きているでも、何も起きていない puresoultruelove.com ラメッシ・バルセカールの言葉には一見すると矛盾していて しかし 深く腑に落ちるパラドックスがよく現れています。 その中でも私にとって特に象徴的なのがこの言葉です 「すべてはただ…
すべてはただ自然に起こっている。それは「私」が選び、決めて行っているのではない 行為者はいない。 何かをする「誰か」がいるという感覚は思考による幻想にすぎません この明確な気づきが訪れたとき人生は重さを失い、深い安らぎが現れる。 「人生は起こ…
ご無沙汰しております。 今日は、「本当の自由とは何か?」という問いについて 敬愛するクリシュナムルティの言葉とともに私自身の理解や感覚を通して綴ってみたいと思います。 多くの人が「もっと自由になりたい」と願い何かを変えたり、得たり、抜け出そう…
『本当の自分を知る』とはすべてを内側に見出すこと。 誰のせいにもしないし信頼するのは自分自身 すべてが自分に内に既に在ると気づいた瞬間、 外側にある何かに頼る必要がなくなります でも、なぜ 神社参拝、パワーストーン、お守り高額な講座などに依存し…
『現実を見ない』というのは、現実から目を背けることではなく、むしろしっかりと直視したうえで、そこに囚われないこと。 近年『現実は無視』『現実はスルー』という言葉をよく見聞きします。 この意味を勘違いして捉えておられる方が多いなぁと感じていま…
私たちは日々『自分』という感覚を当たり前のように持っています。 ・私は〇〇である ・私の考え ・私の感情 ・私の身体 こうした『私』という感覚は『自分そのもの』のように思えますよね しかし、本当にそれが『私』なの?と問いかけてみてください もし『…
『私は誰か?』(Who am I?)という問いはラマナ・マハルシの代表的な言葉。 これは、単なる哲学的な思索ではありません。 それは、自分が本当は何なのかを直接見極めるための究極の探求です。 この問いは思考を超え『在る』ことそのものを明らかにするため…
ラマナ・マハルシの・そもそも何も起きていない・ただ在るだけ という境地は真理だけど、 それをそのまま受け取ると「じゃあ生きる意味って何?」ってなりませんか? 私はなりました。あるがままで完全で何をしてもしなくてもどうであっても完全で すべてが…
真我の『ただ在る』領域で生きながら現実創造することは可能です。 なぜなら『ただ在る(純粋意識)』はすべての源であり、そこからあらゆる現象が生じているから しかし『真我の意識で生きる』ということは通常の『願望を叶えるために頑張る』といった現実…