pure soul true love 純粋意識⭐︎沈黙の書

真我の視点から、人生をより自由に、より愛に満ちたものへと変えていくためのヒントをお伝えしています

本当の自由とは?クリシュナムルティの言葉

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ご無沙汰しております。

今日は、「本当の自由とは何か?」という
問いについて

敬愛するクリシュナムルティの言葉とともに
私自身の理解や感覚を通して綴ってみたいと
思います。

多くの人が「もっと自由になりたい」と願い
何かを変えたり、得たり、抜け出そうとします。

でも、その自由はどこにあるのか?
本当にそれは、何かの先にあるもの
なのでしょうか?

 

静かにこの問いに向き合っていくと
それは外の出来事や状況ではなく

『今ここに在る』という意識の質そのものが
自由かどうかを決めているのだと感じます。

この文章が、あなたの内にある
『本質的な自由』と出会うきっかけや
静かな扉のようなものとなれたら
とても嬉しく思います。

 

本当の自由とは?


何をするかではなく、どんな“状態”で在るか

私たちが「自由」という言葉を口にするとき
そこには

何かから解放されたい!
もっと好きなことをしたい!

という願いが隠れていることがあります。

けれど本当の自由とは
何かを“すること”ではなく
どんな“意識の状態”で在るか
その深みにあるのだと思います

この問いに、クリシュナムルティ
生涯をかけて向き合っていました。

 

1. 自由とは「既知からの自由」

「自由とは、“既知”からの自由である」
ー J. Krishnamurti, Freedom from the Known

私たちの思考や行動の多くは
過去の記憶、経験、教育、信念…

つまり

「すでに知っていること=既知」に
基づいています。

その枠の中でいくら新しいことをしても
それは過去の延長に過ぎない。

クリシュナムルティ

「本当の自由は
条件づけられた思考からの解放だ」

と語ります。

それは、古いパターンから抜け出すこと
自己の中心(エゴ)を超えて「今」に
開かれること。

 

2. 本当の自由は、内側のもの

私たちはつい
外的な自由(お金・時間・行動の選択肢)」を
追い求めがちですが

クリシュナムルティが語る自由とは
まったく次元の異なるものです。

「本当の自由とは
心理的な囚われからの自由である。」

それは、政治的・社会的な自由ではありません
何かを“得る”ことでも、“変える”ことでもない。

他人からの解放ではなく、自己が築いた
エゴの構造そのものからの解放。

つまり

内側に築き上げられた『私という枠』
からの自由こそ、本質的な自由なのです。

 

3. 「何をするか」ではなく「どう在るか」

 「あなたが何をしているかではなく
あなたがそのときどう在るかが
すべてを決定するのです。」

ー J. Krishnamurti, The First and Last Freedom

 

私たちは何かを「正しく行う」ことに
意識が向きがちですが

クリシュナムルティ
行為の背景にある意識の質こそが
すべてを決めると言います。


それは

・恐れから行動していないか?

・承認を得るために動いていないか?

・自我が動機になっていないか?

という、内側の動機の純粋さを見ること。


外的な行為は大して重要ではない。
重要なのは、その背後にある意識の
動きなのです。

 

4. 自我(エゴ)からの自由

観察する者と、観察されるものが
分かれている限り、真の理解はない。

私たちは「私がこの世界を見ている」
「考えている」と感じていますが

その“私”とは
実は過去からの思考や記憶の集合体

「私」という中心がある限り
そこには分離があります。

でも、観察が純粋に行われ
「私が見ている」という感覚さえも

溶けたとき、そこに初めて
『非分離の理解と自由』が訪れる

と、クリシュナムルティは語ります

 

5. 真の自由は「ただ在ること」の中にある

「何をなすかではなく
どんな存在の状態で在るかが
本当の変容をもたらす。
変容はなることをやめたときに
自然に訪れる」
ー J. Krishnamurti, On Transformation

「もっとよくなりたい」「悟りたい」
「変わりたい」

そう思って努力することも
ある意味ではエゴの延長です

クリシュナムルティ
「変わろうとすることを手放したとき」に
初めて深い変容が訪れる

と言います。

それは、今に静かに在り、思考や願望から
自由になった純粋な意識の状態を意味します

 

まとめ 

 

「本当の自由とは『私』という中心が
消えることである。

見る者がなくなり『ただ在る』だけがあるとき
そこに自由がある。」

私たちは「何をするか」にとらわれすぎて
「どういう状態で在るか」を見落としがちです

けれど本質はいつも静かにそこにあります。

自由とは、どこかに行くことではなく
どこにも行かずに“今ここ”に純粋に在ること。

そうして、何にも囚われず、抵抗も期待もなく
ただ静かに「在る」

そのとき、内なる自由がふわっと
ひらかれるように思います。

 

⭐️Pure Soulからのメッセージ⭐️

見る者が消え、見るものも
見られるものも、見るという行為も
消えたとき

ただ「見る」が在る。
ただ「在る」が在る。

そこには誰もおらず
欲する者も、逃げる者もいない。

それが、本当の自由。

敬愛する クリシュナムルティの教えより
着想を得て

 

最後まで読んでくださり
ありがとうございます♡

宇宙を意識して、般若心経を
サンスクリット語で表現してみました。

聴いていただけると嬉しいです♡

 

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